親子は他人の始まり
互いがストレスでしかない
職場のお昼休み、休憩室にはいつも決まった面々がいました。
広い和室のテーブルでお弁当を広げ、自由に過ごすうちに、自分の母親と同居している女性とよく話しをするようになりました。
私が「介護が必要で、両親と同居することになりそうなんです。」と話すと、彼女は「長く離れて暮らした親なんて他人よ!」と言うのです。
「同居はやめた方がいいわよ。私だって大変なんだから!」
その女性はお母さんとお姉さんとの三人暮らしだそうです。
お父さんが亡くなってひとり暮らしになったお母さんを気遣い、家を建て直して同居を始めたと聞きました。
血の繋がった親子とはいえ、「長年別々に生活していた親と同じ家に暮らすのに本当に苦労している」言います。
その時はなんとなく聞き流していた事が、すぐに自分の身に起こるとは想像もつきませんでした。
そんな知人の予告通り、私達の同居生活はわずか一ヶ月で乱れ始めました。
私の生活は朝七時には仕事に出掛け、夕方七時に帰宅するパターンです。
家で一緒に過ごすのは夜の数時間だけにも関わらず、母のストレスは最高潮になりました。
母の心は荒れて、気持ちをコントロールできず、わがまま放題になりました。
毎日「洋服がない、靴下がない、下着がない!」と騒ぎ、「ご飯がまずい!」と口にしなくなりました。
私は夫に気を使わせまいと毎日夫に気を使い、両親に気を遣い、さらに通勤も遠くなり、朝起きてからから夜中まで働き通しになりました。
夫もずいぶん気を使ってくれて、休日には買い物に母を連れ出してくれたり、夕食後に母の話しを聞いてくれたりしましたが、同居が始まってすぐに母は父に向けていた怒りを私に向けるようになり、するとなぜか父も一緒に私を責めるようになりました。
最初はなぜ?と混乱しましたが、どんなに仲が悪い夫婦であっても二人きりで二十年も気楽に過ごしていた生活が一転したのです。
私達はお互いがストレスでしかない、という状態にどんどん進んでいきました。
同居からわずか数ヶ月、私達四人の生活はすでに崩壊が始まっていたのです。
#母の介親#親との同居問題#認知症


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